加藤夏海 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:秋田市立秋田商業高等学校

14-kato.JPG私は、秋田商業高等学校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。自己推薦入試は複数の学部の併願受験が可能なので、私は3つの学部を受験し、そのうち社会科学部と教育学部に合格することができました。教育学部は専門的な内容の勉強になってしまうので、それよりも社会科学部で様々な物事を広く学びたいと思い、社会科学部を選択しました。

私は5歳から卓球を始め、高校では全国大会上位進出を目標に練習に励んでいました。また、卓球だけではなく、勉強にも力を入れていて、文武両道を常に心がけていました。早稲田大学というと勉強・卓球ともレベルが高く、自分には遠い存在に感じていましたが、その環境のなかで文武両道を成し遂げている先輩方に憧れを抱き、受験を決意しました。

インターハイが終わった後は、受験の準備に力を入れました。まずは、小論文の必須テーマに関する知識を取り入れ、そのあとに高校の国語の先生に依頼し、小論文を書いて添削していただくという作業を繰り返しました。また、それと並行して新聞を毎日読み、要約してまとめていました。新聞を読むことは、現在の社会についての知識を積むことができる他、社説などの様々な問題に対する意見から自分の考えを広げていくことができ、面接・小論文に役立ちました。

早稲田大学に合格したことで、周りの方々のサポートの重要性を実感しました。受験するにあたって、協力してくださった先生や早稲田大学の先輩方、不安な時に支えてくれた両親にはとても感謝しています。入部してからは、レベルの高い選手たちと質の高い練習をすることができ、とても充実した毎日を送っています。チーム目標である春秋リーグ戦・インカレ優勝に加え、個人でも良い成績を残せるよう努力していきたいです。

深澤咲子 教育学部 【平成26年入学】
出身校:群馬県・樹徳高等学校

14-fukazawa.JPG私は、自己推薦入試で早稲田大学教育学部国語国文科に入学しました。

卓球は小学校から始め、高校では進学のために勉強にもしっかり取り組んでいきたかったので、特進コースに在籍しながら卓球と勉強の両立に励みました。そのような中で、私が早稲田大学を受験することに決めたのは、高校三年の8月下旬とかなり遅い時期でした。それ以前からずっと早稲田で卓球がしたいと強く思ってはいましたが、その反面、手が届かなく自分には無理なのではないかという気持ちと、受験失敗というリスクの高さなども考え、受験するという決心に至れずにいました。しかし、インターハイが終わり、改めて深く考えたところ、妥協して後悔だけは絶対にしたくないと思い、早稲田への受験を決めました。

それからの毎日は、志願理由書・小論文を書いては直す、という事の繰り返しでしたが、早稲田に受かりたい一心でひたすらに取り組みました。私は二次試験の時点で教育学部しか残っておらず、不安も大きくありましたが、逆にその状況を勉強することを一つに絞れると前向きに捉え、頑張りました。二次試験での出来は本当に悪く、試験が終わった日から一般受験への勉強にきりかえました。しかし結果は自分自身でも信じられないもので、はれて早稲田大学に合格することができました。私の高校での卓球の最高成績は県優勝で、最後の夏はシングルス県ベスト8と普通に考えれば、周りと比べ受かる確率は非常に低かったと思います。しかし、周りの方々の支えと、弱いながらに身を削って一生懸命やってきた今までの積み重ねが、合格に繋がったのだと思います。

早稲田大学に入学当初はレベルの高さを身をもって感じ、大きな劣等感におそわれました。しかし、今では少しずつ雰囲気にもなれ、尊敬できるチームメイトの方々から新しい発見と刺激をもらいながら、日々レベルアップを目指して頑張っています。

板尾佳歩 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:岐阜県・富田高等学校

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私は自己推薦入試で早稲田大学社会科学部社会科学科に入学しました。

小学生の時から理想としていた先輩が早稲田大学卓球部で活躍されており、中学生になった私は早稲田のWが入ったユニフォームを着て試合するのが目標になりました。早稲田大学というと、勉強もスポーツもできるエリートばかりの遠い存在に感じる時もありました。でもなんとかその存在に近づこうと、文武両道を目指し、高校では特進クラスを選びました。高校時代はただひたすら授業の課題と練習に励み、目の前のやらなければならないことを毎日コツコツこなしていく日々でした。

早稲田大学受験を真剣に考え始めたのは、高校二年生の冬頃でした。櫻井監督から入試方法についての説明を受け、三年生に上がると同時に早稲田の練習にも参加させてもらいました。先輩方や周囲の方々のアドバイスをもとに、最初は小論文と時事対策のため、新聞の天声人語書き写しや、社説の要約から始めました。私は高校時代寮生活だったため、新聞が手元になく、学校の図書館へ通ったり、スマートフォンのアプリを利用して各紙のコラムや社説を読んだりしていました。また8月あたりからは、国語担当の先生に小論文のマンツーマン指導もしていただきました。小論文はとにかく書いて慣れること、そして様々な題材に触れて自分の知識と見識を広げるように意識しました。自己推薦入試は他一般入試と異なり、書類審査、小論文+面接という項目だけで評価されます。だからこそ、試験に向けてやるべきことは絞られていて、限られた時間の中でも精一杯取り組めたのだと思います。

合格発表の際に自分の受験番号を見つけたときは本当にうれしく、それまでの不安が喜びと感動に変わりました。頑張って挑戦してよかったと心から思えた瞬間でした。それまで指導し、応援してくださった先生方や卓球部の監督、いつも励ましてくれた友人、そしてどんな時でも私を信じ、離れていても一番近くで支えてくれた両親には感謝してもしきれません。今は早稲田大学に入ってよかったと思う瞬間がたくさんあります。高いレベルで卓球ができ、様々な才能と個性をもった仲間たちと過ごす日々は刺激的でとても楽しいです。また、小論文も面接も、自己推薦入試のために勉強し身に着付けたことは、大学生活にも就職活動にも役立つと身をもって実感しました。これからは、残り少ない卓球部での日々と大学生活を、この恵まれた環境に感謝しながら大切に過ごしていきたいと思います。

鳥屋真帆 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:高知県・明徳義塾高等学校

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私は明徳義塾高等学校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。自己推薦入試は併願受験が可能だったので、私は3つの学部を受験し、社会科学部とスポーツ科学部に合格することができました。スポーツ科学部はキャンパスが所沢で練習場と離れているため、練習時間があまりとれないことや社会全般のことを学びたいと思い、社会科学部を選択しました。

私は8歳から卓球を始め、中学から親元を離れて6年間寮生活を送り、に励んでしていました。その為、大学進学の際も文武両道を目指せるところに行きたいと考えていました。早稲田大学には、先輩がいることや小さい頃から早稲田への憧れがありました。先輩はスポーツ推薦で早稲田へ入学されていたので、全国大会などでの実績がないと入れないと思っていましたが、自己推薦があることを知り受験失敗のリスクがあるけれど、チャレンジしたいと思い、高校3年の6月に早稲田への受験を決めました。

インターハイや国体があったため、6月から9月までは通学時間や練習後など時間を作って受験対策をしていました。スポーツ科学部の小論文は文章を読んで下線部の文について小論文を書くので読解力が必要だったため、新聞や本をよく読むようにしていました。社会科学部の小論文は幅広い範囲の時事問題の中から出されるため、小論文の時事問題についての参考書を読んだり、新聞の社説を読み、その記事を要約してまとめていました。私の高校は、携帯禁止でテレビもあまり見れず、インターネットを使える時間か限られていた為、新聞が社会のニュースを知る1番の情報源でした。そのため、祖父に日経や朝日新聞など、高校では置いてない新聞を切り抜いて送ってもらったりして家族にも協力してもらいました。国体が終わった後、本格的に受験に力を入れ、過去問や小論文のテーマを自分で設定して、制限時間内で書けるように練習したり、面接の練習や対策を行いました。また、時事問題を分野に分けてノートにまとめて問題の背景や解決策など、試験前に見返せるようにして、自信を持って試験に望むようにしました。

結果として無事合格することができ、協力してくださった先生方や早稲田の先輩方、見守ってくださった監督や仲間、手紙で励ましてくれた両親や祖父母にはとても感謝してます。尊敬できる先輩や同期、後輩に恵まれて様々な経験ができて早稲田に入学できて本当に良かったと感じています。卓球や勉強も含めて、仲間と共に過ごす時間を大切に、これからも日々成長できるように努力していきたいと思います。

海崎泰世 教育学部 【平成27年入学】
出身校:福井県立高志高等学校

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私は、福井県高志高校理数科から自己推薦入試で早稲田大学教育学部数学科に入学しました。早稲田大学に受験を決めたのは、高校三年生の夏でした。私の学校は進学校だったため、部活動と勉強の文武両道を第一に高校生活を送ってきました。小学校の時から卓球を始めてきたので、大学でも卓球を続け、そして学業にも力を入れたいと思い、早稲田大学を受験しました。

八月の終わりまで学校祭の準備などで全く勉強をしていなく、その時期になってから受験のことを真剣に考えたため、自己推薦の入学方式を周りより遅く知ることになってしまいました。出願まで残り一か月、二次審査の数学の試験までは残り三か月となり期間がぎりぎりになってしまいました。出願の際には志望理由書が必要で塾の先生に何度も添削してもらいながら作成しました。また、一次審査では4.0という出願条件ぎりぎりの評定で卓球の成績もそれほど良くなかったので落とされてしまうかと不安でしたが、何とか通ることが出来ました。二次審査の数学の試験と面接までは残り二か月でしたがそこから毎日数学の添削と面接の練習をしてもらいました。受験当日はここで落ちたら浪人という覚悟で、立ち向かった結果、無事合格することができました。これも学校や塾の先生など様々な方から支援をいただいたおかげであると思います。

早稲田大学卓球部に入部した時は、周りの選手のレベルが高すぎて本当に自分が卓球部でついていけるのかと思いましたが、今は少しずつ雰囲気にも慣れてきました。これからは、日々レベルアップをして、チームに貢献できるようにしていきたいです。

中窪康喜 教育学部 【平成28年入学】
出身校:静岡県・静岡学園高等学校

16-nakakubo.JPG私は自己推薦入試で早稲田大学教育学部国語国文学科に入学しました。

小学二年生の頃から卓球をはじめ、中学校に入学する時にはすでに早稲田大学で卓球し活躍することが自身の夢となっていました。そのため中学時代から文武両道を目指し、高校進学決定の際も早稲田大学合格に向けて受験環境の整った高校に入学しました。入学してからはまず、卓球で結果を残すことに尽力し、故障などと向き合いながら全国大会で上位進出することを目指してきました。それと同時に勉学においても、クラストップ達成を念頭に置き、努力してきました。卓球の方では結果が振るわず、思い悩むことも多々ありましたが、大会で早稲田大学の選手が活躍するのを見る度、その姿に憧れを抱き、何としてでも入学したいと、自分を奮い立たせてきました。

高校三年生になり、自己推薦入試があることを知った私は、かねてから将来成りたいと思っていた教員を目指す糧にもなると考え、教育学部国語国文学科の受験を決意しました。インターハイが終わった後は、併願を決めていた早稲田大学社会科学部や他大学を含め計三つの受験準備を本格的に始めました。まず過去問を入手し、必要となる専門的知識の種類を把握した上で、沢山の書籍や新聞を読み、要点を整理していきました。また、学校の先生方に添削の協力をして頂きながら、過去問を始め受験学科に関連する小論文の問題をやり込んでいきました。小論文や面接は、現時点の実力を明確に判断できる材料がないので不安もありましたが、自分に出来ることを常に探し、努力を重ねていくことで、受験前には大きな自信を得ることに繋がりました。

結果として合格できた時はとても感動し、やってきた甲斐があったと本当に思います。諦めることなく、ここまで突き進めることが出来たのは、離れていながら応援してくださった両親や恩師、身近で支えてくださった先生方、友人のお陰です。今私は、夢であった早稲田大学の一選手として、春季関東学生春リーグ戦にも出させて頂き、とても充実した日々を送っています。この良き環境で、文武共に更に高いレベルを目指し、努力していきたいと思います。

廣田進悟 社会科学部 【平成29年入学】
出身校:福岡県・希望が丘高等学校

17-hirota.jpg私は、福岡県希望が丘高校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。受験するきっかけとなったのは高校卓球部の監督の勧めで、一度大学の練習に参加させていただいた際に入試についての説明を受けたことです。私自身、学業に関して高いレベルではなく、自己推薦入試はとてもリスクがある入試であることは分かっていましたが、先輩方の話を聞くうちに早稲田大学に入りたいという気持ちが強くなり、受験を決めました。夏の高校総体が終わってから本格的に受験への準備を開始し、特に志望理由書の作成には高校の先生や早稲田大学卓球部の先輩方に何度も添削していただき、締切日直前まで悩みながらも最終的には自分自身でも納得できる内容に仕上げることができました。二次試験に向けては新聞を毎日読むことや、図書館に足を運んで沢山の本を読むなどをして必要となる知識を身につけ、過去の問題や似た系統の問題に取り組みました。一次試験の結果が届いた段階で私には社会科学部しか残っておらず、二次試験まで残された時間も少なかったため、そこからはひたすら小論文の勉強と面接の練習に取り組みました。試験を終えてから合格発表までの期間は不安な気持ちがとても大きかったですが、結果として合格することができました。最初に早稲田大学を勧めていただいた高校卓球部の監督、サポートしていただいた早稲田大学卓球部の先輩方を始めとした多くの方々の支えがあってこその結果であると実感しています。

現在は卓球部に入部し、レベルが高い環境の中で充実した日々を送ることができています。今後は学業の方にも力を入れ、文武両道を目指して頑張っていきたいです。


【自己推薦入試とは?】

【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】


坂内拓也 スポーツ科学部 【平成26年入学】

出身校:東京都・実践学園高等学校

14-bannai.JPG私の通っていた高校は卓球に力をいれている高校で、インターハイが終わるまで生活の中心はいつも卓球でした。中学高校時代は文武両道を目指して卓球と勉強に励み、卓球では関東大会優勝、インターハイ出場という成績を収めることができました。しかしながら、推薦で目指した大学はすべて不合格で1年間の浪人生活を送ることになりました。

最終的に私が合格したスポーツ科学部のセンター試験併用(競技歴)は、センター試験400点(英語(200点)+得点の高い2教科(各100点))に自分の競技歴200点を加えて600点満点で合否が決まる入試制度です。私はこの入試制度を浪人中の夏に知りました。当時、成績が伸び悩んでいた私にとって、この入試制度は憧れていた早稲田大学に合格する最短ルートだと感じ、センター試験の直前期には40回以上のセンター演習を行うなど対策をしっかりと行いました。センター試験直前から私大入試直前期はとてもプレッシャーがかかり、精神的にも体力的にも辛い時期でしたが周りの方々のサポートのおかげで乗り越えることができました。

無事、早稲田大学に合格し、私は現在とても充実した毎日を過ごしています。一年間卓球をしていなかったこともあり、早稲田大学卓球部に入部した当初は不安もありましたが、今まで体験したことがないほど卓球の技術や人間性の高い方々が集まる環境の中で目的意識を常に持って生活しています。チームの目標である春秋リーグ戦優勝、インカレ優勝の力に少しでもなれるように頑張っていきたいと思います。

泉凱仁 スポーツ科学部 【平成27年入学】
出身校:秋田県立秋田高等学校

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私が通っていた高校は県内での進学校でした。そのため、私は文武両道を目標に日々の生活に励んでいましたが、その中でも部活動中心の生活でした。学校の規定練習は2時間ほどしかなく、その後は自主練習に多く取り組んでいました。私が早稲田大学に入学したいと思ったのは1年生の冬でした。理由は文武両道であり、よりレベルの高い関東で卓球がしたいという思いが強かったからです。最後の夏の大会では県優勝、インターハイ出場という成績を残すことができました。

私が受験したのは、自己推薦入試(1次試験:書類審査、2次試験:面接、小論文)、センター試験利用入試(配点はセンター試験400点、競技歴200点)の2つでした。この2つの方式を見比べたところ、私の最高競技実績はそれほど良くなく、引退してからあまり対策の時間が無かったため、自己推薦入試はだめでもともと、という気持ちでのぞみました。案の定、残念な結果となりましたが、それほど精神的なダメージはありませんでした。そのため、すぐにセンター試験の入試対策に取り組むことができました。自分としては、この形式なら可能性があると思っていました。また、実際には受験していませんが、一般入試の対策もしました。私大の入試はマーク形式が多いため、センター試験の対策と同時に一般入試の対策にもなります。そのため、徹底的にマーク演習を何度も何度も繰り返しました。マークは慣れの部分も成績に影響が出ると思います。しかし、3年生の秋から冬にかけて、模試などの結果はずっと悪いままでした。このままで合格することができるのか、そんな焦りと不安の感情に駆られることも多々ありました。そんな中、「早稲田で卓球がしたい」という気持ちがいつも自分に刺激を与えてくれました。試験本番は覚悟が決まっていたので、それほど緊張することはなく、試験に集中することができたと思います。結果、無事に憧れの早稲田大学に合格することができました。1年生の時から細かい空き時間を使って勉強していたので、その積み重ねが実ったのではないかと思います。また、私がどんな状況下であっても応援してくださった両親や先生、受験する際に協力してくださった早稲田大学卓球部の先輩方に非常に感謝しています。

実際に卓球部に入部して、全体的なレベルの高さに驚かされました。しかし、私のように実績がない人でも、部員の皆さんは受け入れてくれました。現在は、チームの雰囲気にも慣れ、新たな発見とともに日々の成長を実感しています。

小川遥太 スポーツ科学部 【平成28年入学】
出身校:神奈川県・三浦学苑高等学校

16-ogawa.JPG私が通っていた高校は卓球に力を入れている高校で、毎日遅くまで練習がありました。通学の時間も長く、疲労もあり日頃の授業になかなか集中できない日々が続きました。卓球の方では県大会優勝、そしてインターハイ出場という結果を残すことができました。引退後、本腰をいれて一般受験に向けて勉強を開始しましたが高校生活3年間でほとんど勉強をしなかった分の遅れもあり、受験した大学は全て不合格でした。そこで私は1年間浪人し、再び受験勉強をする決意をしました。

私は早稲田大学のセンター試験利用入試の競技歴方式(センター試験400点、競技歴200点の計600点)に目をつけ、その入試方式で受験することにしました。浪人生活が始まると、想像していた以上に大変な日々が私を待ち受けており、何度も挫折しかけましたが、早稲田大学で卓球をしている未来の自分を心に思い描きながら、毎日朝から深夜まで勉強し続けました。最初は思うように成績が上がらず精神的にも苦しかったですが、諦めず勉強をし続けることで少しずつ合格圏内に食い込んでいくことができました。直前期は周りの人が焦り出し余裕がなくなっていく中、自分は今までやっていたことを信じていたため精神的に余裕を持つことができました。今思えば直前期で焦らなかったことが合格することができた大きな要因だと思います。合格した時は今までの努力が認められた気がしてとても嬉しかったです。

私の通っていた高校では浪人する人はほとんどおらず、周りの反対や嘲笑の声がよく耳に入りました。最初は偏差値も40ほどしかなく中学レベルの参考書から始めました。しかし、こんな私でも今は早稲田大学の卓球部で刺激的な日々を送ることができています。受験勉強は決して楽ではありませんが、それを乗り越えた後を思い描いて受験生の皆さんは努力を続けて欲しいと思います。私はこれから卓球と勉学の両立に力を注ぎ、充実した4年間を過ごしたいと考えています。


【センター試験利用入試とは?】

【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】

村山周平 先進理工学部 【平成26年入学】
出身校:神奈川県・桐蔭学園高等学校

14-murayama.JPG私が通っていた高校は進学校で勉強に力を入れている学校でした。しかしながら、私は卓球部の練習が中心で、勉強に全くついていくことができませんでした。高校3年生の6月に最後の大会が終わり、その後は大学入試に向けて勉強に励みましたが、他の受験生に追いつくことはできず、受験した大学は全て不合格でした。結果的に浪人することになりましたが、私の高校は浪人する人が多く、浪人することにはあまり抵抗はなかったです。

浪人生活の始まった当初は順調に勉強に励むことができましたが、時間がたつにつれて、夏ごろからこのまま勉強していっても自分の行きたい大学に合格できるのかという気持ちに駆られ、勉強がはかどらない時期もありました。ですが、そんなことを気にしても仕方がないと思い、目の前の自分が今やるべき課題に集中し、受験期を迎えることができました。その結果、私は早稲田大学に無事合格することができました。

早稲田大学に入学してから私は卓球部に入部するかどうか悩んでいました。しかしながら、自分の大学生活を考えた時にこのまま大学生活を終わらせるのはつまらないと思い、入部を決意しました。入部してみると部員のみなさんは、私のような実績のない人でも歓迎してくださり、とても良い雰囲気だと感じました。現在は、勉強と部活の両立など大変なこともありますが充実した日々に満足しています。

吉田秀喜 創造理工学部 【平成28年入学】
出身校:東京都・立川高校

16-yosida.JPG私が通っていた高校は進学校であり、全国大会や関東大会に出場できるレベルではなく、都大会に出場できるかどうかの実力ではありましたが、6月まで部活中心の生活を送っていました。6月以降は勉強中心に切り替えましたが、元々勉強をあまりしていなかったので、受験した大学はすべて不合格となり、浪人することを決意しました。

浪人生活中は、朝9時から夜の9時ごろまでみっちりと勉強をし、苦手をつぶしていくことをひたすら続けていました。浪人中は疲れて気分転換することも多々ありましたが、勉強しなくてはいけないという不安に駆られ、常にいつも緊張感がありました。夏休みに入り、苦手や理解不足の部分があったり、模試の成績が芳しくなかったりと悩みも多くありました。しかし、私は学校や塾の先生によくかけられた言葉、「日々目の前のことをしっかりと片付けていくように」という言葉を信じ、年明けまで頑張りました。その結果、私は無事に早稲田大学に合格することができました。

私は小さな目標を作り、日々自分が何をしているのか、何をすべきなのか、今の実力はどのくらいあるのかを意識しながら過ごしていました。そのためには1週間の行動予定表を日記に書いて、実行できたものは丸を付けていくなどをしました。受験に大事なことは、1日1日しっかりと行動していくことだと思います。勉強の予習復習は最低限のことではありますが、1日1日確認して進むことは、ほかの人と差を大きくつけられる部分であると思います。

入学後に私は早稲田大学卓球部に入ることを決めました。遅い時期に入部したのですが、部活の雰囲気は非常によく、楽しむときは楽しむ、練習はしっかり集中するなどメリハリがあります。部活と勉強の両立は1年時から大変ですが、それでもこれから4年間文武両道を目指して精進したいと思います。

青木雄介 商学部 【平成29年入学】
出身校:東京都・実践学園高等学校

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私は東京都実践学園高校から一般入試で早稲田大学商学部に入学しました。自分が通っていた高校のコースからは今まで早稲田に合格した人は1人もいなくて自分も最初は早稲田に行きたいなどと思ったこともありませんでした。それ故、元々卓球を通して大学に進学するつもりでした。

自分が受験勉強を始めたのは高校2年の冬でした。部活は平日20時頃まで、帰宅すると21時過ぎでしたが、そこから2時間くらい毎日コツコツやっていました。また、部活がない日は10時間を目安に勉強しました。親に金銭的に迷惑をかけたくなかったので塾には行かず、参考書で毎日の勉強をこなしました。私が早稲田大学を目指そうと思ったのは高校3年の5月頃でした。その頃には勉強の成果も出てきて偏差値も上がり始めました。卓球でも初めてインターハイに出場することができ、自分としては良い形で引退することができました。引退してからは勉強漬けの毎日で模試の成績も落ちたりしましたが、入試本番でうまくいけばいいと思い、勉強に励むことができました。

入試本番では早稲田大学を5学部受験しました。自分が狙いやすいと思っていた学部の入試が思うようにいかず精神的に辛かったですが、最後まで諦めずに頑張りました。その結果、早稲田大学商学部に合格することができました。受験期間中、ずっと励ましてくださった学校の先生方や両親にはとても感謝しています。

入学当初は、卓球部に入部するかどうか悩みましたが、親のすすめや自分としても有意義な大学生活を送りたかったので入部することに決めました。早稲田大学の卓球部はとても雰囲気がよく、今では入って良かったと思っています。先輩や同輩の方達は卓球が強い人も多いので自分も頑張りたいです。


【一般入試とは?】

【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】

伊志嶺鷹啓 政治経済学部 【平成28年入学】
出身校:沖縄県・コザ高校

16-isimine.JPG私は小学校1年生の頃から卓球をしています。中学校と高校でも卓球部に所属し、県では上位の成績を収めていました。そして卓球の実力をより伸ばすことができ、勉強面でも高いレベルの授業で学ぶことで希望する職業選択を広げられる大学に行きたいと思い、早稲田大学を意識するようになりました。私が通っていた高校には早稲田大学の指定校推薦があることがわかっており、高校入学当時から推薦を獲得するために勉強と卓球の両立を目指しました。勉強面では、日頃の授業をしっかりと聞き提出物をしっかりと出す。そして、定期考査前には平均80点から90点を取れるように勉強しました。卓球面では、部活だけでなく部活以外のクラブなどにも参加し、練習量を増やしました。また、成年の選手とも練習することで技術の向上に努めました。勉強と卓球の両立を目指すさいに片方または両方がうまくいかず苦しくなる時期もありました。しかし、早稲田大学に行きたいという強い気持ちで苦しいことからも逃げずに我慢し、乗り越えていきました。

本気で早稲田大学に入学したいと決断したのは高校2年生のインターハイの時でした。早稲田大学の監督と直接話をし、早稲田大学卓球部は文武両道を目指していて、部活の雰囲気も学校の雰囲気もとてもいいと知り、決断しました。それからは、どんなに苦しいことも早稲田大学に行くためと考えることで乗り越えることができました。指定校推薦の枠が取れた以降は志願理由書や面接の対策をしました。試験は面接のみでしたので、早稲田の良さと自分の気持ちを伝えることを意識しました。

合格が決まってからは卓球の練習もしながら、入学後の勉強についていけるように基礎力を高めていきました。

学生時代の目標としては、部活では関東学生リーグ戦優勝に貢献し、勉強面では授業を休まず単位をしっかり取得し、文武両道を達成することです。


【指定校推薦入試とは?】

【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】

松原大 国際教養学部 【平成29年入学】
出身校:サンディアゴ(チリ)・アスレチックスタディーセンター

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私は南米で生まれ育った日系人です。18年間チリという国にいました。卓球もチリで始めて毎日練習をしてジュニアのナショナルチームにも所属していました。私は文武両道を目指しながら日々努力をしていましたが、チリの大学では卓球部の制度などがないため大学に行く場合、卓球をやめなければいけませんでした。そのため日本に留学をして卓球の部活で練習したいと決意しました。

私は早稲田大学の国際教養学部に留学生用のAO入試という方法で受かりました。国際教養学部を選んだ理由は英語で授業が学べるからです。自分は日本に来て1年間日本語学校に通いましたが、その時に英語の重要さを感じたため国際教養学部を選びました。AO入試ではチリの国家試験(日本のセンター試験)の結果と英語の作文と志望理由書を合わせて4つほど送りました。2次試験は小論文テストと面接のテストが行われましたが、日本語学校の進路相談の先生と面接の練習や小論文の練習をして受かることができました。そして早稲田大学の卓球部には非常に強い選手がいるので練習についていけるか不安でしたが、周りの人たちにとても優しくしてもらってすぐに慣れることができました。

私はこれからも卓球と勉強を頑張っていきたいと思います。


山下浩平 スポーツ科学部 【平成26年入学】
出身校:東京都・早稲田大学高等学院

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私は小学生までサッカーをしていて、中学生から卓球を始めました。中学生の2年間は卓球中心の生活で過ごし、中学3年生から本格的に受験勉強を始めました。私の父親が早稲田大学の出身である点と早稲田大学卓球部が強豪であるという点から、高校受験の第一志望校も早稲田の付属校になりました。

受験勉強を始めた最初の方は勉強に全くついていけず、周りとの差をただ感じるばかりでした。しかし「早稲田に行きたい」という強い気持ちを持つことでなんとか周りについていくことが出来ました。

結果としては早稲田大学高等学院に一般入学することが出来ました。早稲田大学高等学院は早稲田大学の付属校なので、全員早稲田大学に行くことができます。私は受験勉強のない環境ということもあり、3年間卓球の練習に打ち込むことができました。また、高校の先輩が早稲田大学卓球部に所属していたこともあり、大学でも卓球部に入部しました。入部当初はトレーニングや練習についていくことが全くできませんでしたが、優しい先輩方と素晴らしい同期達に支えられて、現在も周りと切磋琢磨しながら練習に励むことができています。

私は「迷ったら大胆に」と「やるときは徹底的に」という二つの気持ちを意識しています。中学3年生の時、志望校を早稲田に決めた時に周囲から大きく反対されたことを覚えています。 また、その時には合格できるような学力はなく、模試の偏差値は40程度しかありませんでした。しかし、大胆な決断と「早稲田に入るんだ」という強い気持ちを持って努力を続けられたことが、自分の合格につながったと思います。

小笠原芽衣 文化構想学部 【平成27年入学】
出身校:東京都・早稲田実業学校高等部

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私の通っていた中学校に早実から早稲田大学卓球部に入部した先輩がいたことが、わたしが早実を志望したきっかけです。

私は、勉強の成績と卓球の実績を利用する入試方法で早実を受験しました。しかし、中学のころあまり卓球の実績が残せていなかったので、夏の大会が終わってから学業と面接・作文の練習に励みました。その結果合格することができました。

早実はほとんどが早稲田大学に進学できるため、練習はもちろん自分の好きなことに思いっきり打ち込めるという素晴らしい環境でした。しかし部活の面では早実は指導者がおらず、自分の実力もあまり伸びることがなく、結果が出せなかったので、正直伝統があり強豪校であるこの早稲田大学卓球部に入部するのか、かなり悩みました。入部してからも、周りの選手は皆とても強く、本当にここでやっていけるのかという不安もありました。しかし今は、練習の環境がとても充実しており、部の雰囲気もとても良いので、入部して良かったと思っています。これからも文武両道を怠らず、自分の役割をしっかりと果たしチームに貢献していきたいです。


【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】