岩波暁 教育学部 【平成25年入学】
出身校:長崎県・鎮西学院高等学校

13-iwanami.JPG私は、長崎県鎮西学院高校から自己推薦入試で早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修に入学しました。

しかし、高校では国公立大学への進学を目指すコースに在籍しており、私自身も国公立大学への進学を希望していました。卓球部にも所属していたため、勉強と卓球の生活を送っていた中で、高校3年時のインターハイ終了後に監督・コーチから早稲田大学自己推薦入試に関する話を聞き、資料もいただきました。早稲田大学にこのような入試制度があることに多少驚きました。具体的には一次審査と二次審査があり、一次審査は書類審査で二次審査は小論文試験と面接試験です。自分の学力に合った国公立大学への進学を目指していたので早稲田大学への受験は考えていませんでしたが、この入試制度なら一般入試よりも合格する可能性はあると思い、受験することに決めました。

その後一次審査の結果が発表され、何とか通過しましたが二次審査までわずか2~3週間だったため、急いで小論文対策を行い、国語科の先生や早稲田大学卓球部の先輩方に何度も添削していただきました。私自身も社会科の教科書や参考書を利用して勉強をしました。面接の練習についても早稲田大学卓球部の関係者の方々に協力していただき、社会科に関する知識や問題点、自分の考えなどを答えられるように準備しました。そして無事に合格することができました。

早稲田大学合格後は、国公立大学の合格も目指して勉強し、無事に合格することができました。私はどちらに進学をするか悩みましたが、勉強も卓球も十分にできる早稲田大学に進学することを決めました。現在は、学業や卓球を通して幅広い学識を身につけ、人間的に成長して社会に出ていくことを目標に大学生活を送っています。

加藤夏海 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:秋田市立秋田商業高等学校

14-kato.JPG私は、秋田商業高等学校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。自己推薦入試は複数の学部の併願受験が可能なので、私は3つの学部を受験し、そのうち社会科学部と教育学部に合格することができました。教育学部は専門的な内容の勉強になってしまうので、それよりも社会科学部で様々な物事を広く学びたいと思い、社会科学部を選択しました。

私は5歳から卓球を始め、高校では全国大会上位進出を目標に練習に励んでいました。また、卓球だけではなく、勉強にも力を入れていて、文武両道を常に心がけていました。早稲田大学というと勉強・卓球ともレベルが高く、自分には遠い存在に感じていましたが、その環境のなかで文武両道を成し遂げている先輩方に憧れを抱き、受験を決意しました。

インターハイが終わった後は、受験の準備に力を入れました。まずは、小論文の必須テーマに関する知識を取り入れ、そのあとに高校の国語の先生に依頼し、小論文を書いて添削していただくという作業を繰り返しました。また、それと並行して新聞を毎日読み、要約してまとめていました。新聞を読むことは、現在の社会についての知識を積むことができる他、社説などの様々な問題に対する意見から自分の考えを広げていくことができ、面接・小論文に役立ちました。

早稲田大学に合格したことで、周りの方々のサポートの重要性を実感しました。受験するにあたって、協力してくださった先生や早稲田大学の先輩方、不安な時に支えてくれた両親にはとても感謝しています。入部してからは、レベルの高い選手たちと質の高い練習をすることができ、とても充実した毎日を送っています。チーム目標である春秋リーグ戦・インカレ優勝に加え、個人でも良い成績を残せるよう努力していきたいです。

深澤咲子 教育学部 【平成26年入学】
出身校:群馬県・樹徳高等学校

14-fukazawa.JPG私は、自己推薦入試で早稲田大学教育学部国語国文科に入学しました。

卓球は小学校から始め、高校では進学のために勉強にもしっかり取り組んでいきたかったので、特進コースに在籍しながら卓球と勉強の両立に励みました。そのような中で、私が早稲田大学を受験することに決めたのは、高校三年の8月下旬とかなり遅い時期でした。それ以前からずっと早稲田で卓球がしたいと強く思ってはいましたが、その反面、手が届かなく自分には無理なのではないかという気持ちと、受験失敗というリスクの高さなども考え、受験するという決心に至れずにいました。しかし、インターハイが終わり、改めて深く考えたところ、妥協して後悔だけは絶対にしたくないと思い、早稲田への受験を決めました。

それからの毎日は、志願理由書・小論文を書いては直す、という事の繰り返しでしたが、早稲田に受かりたい一心でひたすらに取り組みました。私は二次試験の時点で教育学部しか残っておらず、不安も大きくありましたが、逆にその状況を勉強することを一つに絞れると前向きに捉え、頑張りました。二次試験での出来は本当に悪く、試験が終わった日から一般受験への勉強にきりかえました。しかし結果は自分自身でも信じられないもので、はれて早稲田大学に合格することができました。私の高校での卓球の最高成績は県優勝で、最後の夏はシングルス県ベスト8と普通に考えれば、周りと比べ受かる確率は非常に低かったと思います。しかし、周りの方々の支えと、弱いながらに身を削って一生懸命やってきた今までの積み重ねが、合格に繋がったのだと思います。

早稲田大学に入学当初はレベルの高さを身をもって感じ、大きな劣等感におそわれました。しかし、今では少しずつ雰囲気にもなれ、尊敬できるチームメイトの方々から新しい発見と刺激をもらいながら、日々レベルアップを目指して頑張っています。

海崎泰世 教育学部 【平成27年入学】
出身校:福井県立高志高等学校

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私は、福井県高志高校理数科から自己推薦入試で早稲田大学教育学部数学科に入学しました。早稲田大学に受験を決めたのは、高校三年生の夏でした。私の学校は進学校だったため、部活動と勉強の文武両道を第一に高校生活を送ってきました。小学校の時から卓球を始めてきたので、大学でも卓球を続け、そして学業にも力を入れたいと思い、早稲田大学を受験しました。

八月の終わりまで学校祭の準備などで全く勉強をしていなく、その時期になってから受験のことを真剣に考えたため、自己推薦の入学方式を周りより遅く知ることになってしまいました。出願まで残り一か月、二次審査の数学の試験までは残り三か月となり期間がぎりぎりになってしまいました。出願の際には志望理由書が必要で塾の先生に何度も添削してもらいながら作成しました。また、一次審査では4.0という出願条件ぎりぎりの評定で卓球の成績もそれほど良くなかったので落とされてしまうかと不安でしたが、何とか通ることが出来ました。二次審査の数学の試験と面接までは残り二か月でしたがそこから毎日数学の添削と面接の練習をしてもらいました。受験当日はここで落ちたら浪人という覚悟で、立ち向かった結果、無事合格することができました。これも学校や塾の先生など様々な方から支援をいただいたおかげであると思います。

早稲田大学卓球部に入部した時は、周りの選手のレベルが高すぎて本当に自分が卓球部でついていけるのかと思いましたが、今は少しずつ雰囲気にも慣れてきました。これからは、日々レベルアップをして、チームに貢献できるようにしていきたいです。


坂内拓也 スポーツ科学部 【平成26年入学】

出身校:東京都・実践学園高等学校

14-bannai.JPG私の通っていた高校は卓球に力をいれている高校で、インターハイが終わるまで生活の中心はいつも卓球でした。中学高校時代は文武両道を目指して卓球と勉強に励み、卓球では関東大会優勝、インターハイ出場という成績を収めることができました。しかしながら、推薦で目指した大学はすべて不合格で1年間の浪人生活を送ることになりました。

最終的に私が合格したスポーツ科学部のセンター試験併用(競技歴)は、センター試験400点(英語(200点)+得点の高い2教科(各100点))に自分の競技歴200点を加えて600点満点で合否が決まる入試制度です。私はこの入試制度を浪人中の夏に知りました。当時、成績が伸び悩んでいた私にとって、この入試制度は憧れていた早稲田大学に合格する最短ルートだと感じ、センター試験の直前期には40回以上のセンター演習を行うなど対策をしっかりと行いました。センター試験直前から私大入試直前期はとてもプレッシャーがかかり、精神的にも体力的にも辛い時期でしたが周りの方々のサポートのおかげで乗り越えることができました。

無事、早稲田大学に合格し、私は現在とても充実した毎日を過ごしています。一年間卓球をしていなかったこともあり、早稲田大学卓球部に入部した当初は不安もありましたが、今まで体験したことがないほど卓球の技術や人間性の高い方々が集まる環境の中で目的意識を常に持って生活しています。チームの目標である春秋リーグ戦優勝、インカレ優勝の力に少しでもなれるように頑張っていきたいと思います。

泉凱仁 スポーツ科学部 【平成27年入学】
出身校:秋田県立秋田高等学校

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私が通っていた高校は県内での進学校でした。そのため、私は文武両道を目標に日々の生活に励んでいましたが、その中でも部活動中心の生活でした。学校の規定練習は2時間ほどしかなく、その後は自主練習に多く取り組んでいました。私が早稲田大学に入学したいと思ったのは1年生の冬でした。理由は文武両道であり、よりレベルの高い関東で卓球がしたいという思いが強かったからです。最後の夏の大会では県優勝、インターハイ出場という成績を残すことができました。

私が受験したのは、自己推薦入試(1次試験:書類審査、2次試験:面接、小論文)、センター試験利用入試(配点はセンター試験400点、競技歴200点)の2つでした。この2つの方式を見比べたところ、私の最高競技実績はそれほど良くなく、引退してからあまり対策の時間が無かったため、自己推薦入試はだめでもともと、という気持ちでのぞみました。案の定、残念な結果となりましたが、それほど精神的なダメージはありませんでした。そのため、すぐにセンター試験の入試対策に取り組むことができました。自分としては、この形式なら可能性があると思っていました。また、実際には受験していませんが、一般入試の対策もしました。私大の入試はマーク形式が多いため、センター試験の対策と同時に一般入試の対策にもなります。そのため、徹底的にマーク演習を何度も何度も繰り返しました。マークは慣れの部分も成績に影響が出ると思います。しかし、3年生の秋から冬にかけて、模試などの結果はずっと悪いままでした。このままで合格することができるのか、そんな焦りと不安の感情に駆られることも多々ありました。そんな中、「早稲田で卓球がしたい」という気持ちがいつも自分に刺激を与えてくれました。試験本番は覚悟が決まっていたので、それほど緊張することはなく、試験に集中することができたと思います。結果、無事に憧れの早稲田大学に合格することができました。1年生の時から細かい空き時間を使って勉強していたので、その積み重ねが実ったのではないかと思います。また、私がどんな状況下であっても応援してくださった両親や先生、受験する際に協力してくださった早稲田大学卓球部の先輩方に非常に感謝しています。

実際に卓球部に入部して、全体的なレベルの高さに驚かされました。しかし、私のように実績がない人でも、部員の皆さんは受け入れてくれました。現在は、チームの雰囲気にも慣れ、新たな発見とともに日々の成長を実感しています。

川田雄太郎 人間科学部 【平成25年入学】
出身校:東京都・日本大学豊山高等学校

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私は小さい頃から父の勧めもあり、早稲田の卓球部に入りたいと考えていました。本気で早稲田に入りたいと考え始めたのは、高校3年生になってからでした。夏まで部活一筋で取り組んでいたので、勉強の方は出遅れてしまいました。最初の偏差値は36しかなく、現役の時と浪人1年目は努力不足で、早稲田は不合格でした。浪人2年目は僅差で早稲田に合格することができず、3年目に人間科学部に合格することが出来ました。

浪人中は、家族や周りの人間の期待に応えることに焦りを感じたり、後から勉強し始めた人が合格するのを目の当たりにしたりと悩みが多く、非常に辛い時期を過ごしました。しかし、早稲田で艶姒(えんじ)のユニフォームを着て卓球をするという気持ちが強く、諦めることができませんでした。私は効率が悪い人間でしたが、「早稲田に対する思い」だけは人一倍強かったので、最後までやり抜き、合格にたどり着くことが出来ました。

受験で一番大切なことは、「自分が信じた道を諦めない執念」であると思います。確かに私は、両親に金銭的負担をかけ、多くの時間を費やす遠回りをしました。しかし、それだけの代償を払っても早稲田に行き、卓球部に所属する価値はあると思います。私に卓球の実績はありませんが、早稲田の卓球部は真剣に強くなろうとする人を受け入れてくれます。現在私は、文武両道を基本に卓球に打ち込むことができ、最高の青春生活を過ごすことができています。

本橋侑己 社会科学部 【平成25年入学】
出身校:埼玉県・西武学園文理高等学校

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私が通っていた学校は中高一貫の学校だったのですが、中学には卓球部がなく、高校に上がった後、卓球部に入部しました。卓球部のレベルは必ずしも高くはなく、県大会に出場するのも難しかったです。進学校だったので、部活より勉強を優先する傾向があり、一日の練習時間は二時間もありませんでした。最後の大会が終わったあとは、大学でも卓球をやりたかったので、大学の中でもトップレベルの早稲田大学を受験しようと決意し、それから一心不乱に勉強しました。しかし、一歩届かず不合格でした。私はどうしても早稲田で卓球がやりたかったので、浪人することにしました。浪人は想像以上に大変で、朝から晩まで勉強漬けのうえに運動する時間もなかなか取れないので精神的に辛かったです。その一年間の成果が実り、翌年社会科学部に合格することができました。

合格した後、私は大学の練習場を訪れ、早稲田のレベルの高さに驚かされました。部員の多くは全国大会に出てるような人たちばかりだったので、そんな中で練習についていけるのか不安でした。それでも、恵まれた環境で練習していくうちに徐々に上達していきました。現在も少しでも強くなれるように毎日厳しい練習に臨んでいます。今後も勉学に力を入れつつ、リーグ戦のメンバーに入れるよう頑張っていきます。

村山周平 先進理工学部 【平成26年入学】
出身校:神奈川県・桐蔭学園高等学校

14-murayama.JPG私が通っていた高校は進学校で勉強に力を入れている学校でした。しかしながら、私は卓球部の練習が中心で、勉強に全くついていくことができませんでした。高校3年生の6月に最後の大会が終わり、その後は大学入試に向けて勉強に励みましたが、他の受験生に追いつくことはできず、受験した大学は全て不合格でした。結果的に浪人することになりましたが、私の高校は浪人する人が多く、浪人することにはあまり抵抗はなかったです。

浪人生活の始まった当初は順調に勉強に励むことができましたが、時間がたつにつれて、夏ごろからこのまま勉強していっても自分の行きたい大学に合格できるのかという気持ちに駆られ、勉強がはかどらない時期もありました。ですが、そんなことを気にしても仕方がないと思い、目の前の自分が今やるべき課題に集中し、受験期を迎えることができました。その結果、私は早稲田大学に無事合格することができました。

早稲田大学に入学してから私は卓球部に入部するかどうか悩んでいました。しかしながら、自分の大学生活を考えた時にこのまま大学生活を終わらせるのはつまらないと思い、入部を決意しました。入部してみると部員のみなさんは、私のような実績のない人でも歓迎してくださり、とても良い雰囲気だと感じました。現在は、勉強と部活の両立など大変なこともありますが充実した日々に満足しています。

梅本聡 商学部 【平成25年入学】
出身校:兵庫県・滝川高等学校

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私は、小学生の時から卓球をしており、高校でも三年間続けてきました。私が早稲田大学を志望した理由は、質の高い授業を受ける事ができ、自由な校風で充実した大学生活を送る事が出来ると考えたからです。 高校入学時に、部活は県で上位の学校で練習量がとても多い事は知っていたので、高二の前半位までは、必要最低限の事ではありますが、授業をしっかり聞く、宿題、定期考査の準備などに一生懸命取り組む事は欠かさず続けてきました。そして高二の秋位から志望校を探していた時に、学業のレベルや校風の良さなどから、自分が成長出来る所だと思い、早稲田を考える様になりました。

指定校推薦入試の内容は、面接、小論文です。そして高校の授業や定期考査に真面目に取り組む事が必要です。推薦入試の内容は特に変わった事をする必要は無いので、基本的な事を練習すれば大丈夫です。

試験に合格することができ、部活はレベルが高く入部するか迷いましたが、やはり卓球は続けたくて、一生懸命取り組める環境でやりたいと思い、入部を決めました。

現在私は、簿記の勉強や授業の準備をしながら、部活と両立していく事はかなり大変ですが、実力が無い私でも練習に取り組みやすい雰囲気の中でさせて頂いてるので、とても楽しく充実した生活が送れています。これからの四年間で、社会で通用する人になり、卒業時、早稲田で良かったと思える様に、学業、卓球共に頑張りたいと思います。

山下浩平 スポーツ科学部 【平成26年入学】
出身校:東京都・早稲田大学高等学院

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私は小学生までサッカーをしていて、中学生から卓球を始めました。中学生の2年間は卓球中心の生活で過ごし、中学3年生から本格的に受験勉強を始めました。私の父親が早稲田大学の出身である点と早稲田大学卓球部が強豪であるという点から、高校受験の第一志望校も早稲田の付属校になりました。

受験勉強を始めた最初の方は勉強に全くついていけず、周りとの差をただ感じるばかりでした。しかし「早稲田に行きたい」という強い気持ちを持つことでなんとか周りについていくことが出来ました。

結果としては早稲田大学高等学院に一般入学することが出来ました。早稲田大学高等学院は早稲田大学の付属校なので、全員早稲田大学に行くことができます。私は受験勉強のない環境ということもあり、3年間卓球の練習に打ち込むことができました。また、高校の先輩が早稲田大学卓球部に所属していたこともあり、大学でも卓球部に入部しました。入部当初はトレーニングや練習についていくことが全くできませんでしたが、優しい先輩方と素晴らしい同期達に支えられて、現在も周りと切磋琢磨しながら練習に励むことができています。

私は「迷ったら大胆に」と「やるときは徹底的に」という二つの気持ちを意識しています。中学3年生の時、志望校を早稲田に決めた時に周囲から大きく反対されたことを覚えています。 また、その時には合格できるような学力はなく、模試の偏差値は40程度しかありませんでした。しかし、大胆な決断と「早稲田に入るんだ」という強い気持ちを持って努力を続けられたことが、自分の合格につながったと思います。

小笠原芽衣 文化構想学部 【平成27年入学】
出身校:東京都・早稲田実業学校高等部

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私の通っていた中学校に早実から早稲田大学卓球部に入部した先輩がいたことが、わたしが早実を志望したきっかけです。

私は、勉強の成績と卓球の実績を利用する入試方法で早実を受験しました。しかし、中学のころあまり卓球の実績が残せていなかったので、夏の大会が終わってから学業と面接・作文の練習に励みました。その結果合格することができました。

早実はほとんどが早稲田大学に進学できるため、練習はもちろん自分の好きなことに思いっきり打ち込めるという素晴らしい環境でした。しかし部活の面では早実は指導者がおらず、自分の実力もあまり伸びることがなく、結果が出せなかったので、正直伝統があり強豪校であるこの早稲田大学卓球部に入部するのか、かなり悩みました。入部してからも、周りの選手は皆とても強く、本当にここでやっていけるのかという不安もありました。しかし今は、練習の環境がとても充実しており、部の雰囲気もとても良いので、入部して良かったと思っています。これからも文武両道を怠らず、自分の役割をしっかりと果たしチームに貢献していきたいです。


【(参考)卒業生の合格体験記はこちら】