顧 琳婧 スポーツ科学部 【令和3年入学】
出身校:愛知県・桜丘高校

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私は自己推薦入試を経て早稲田大学スポーツ科学部スポーツ科学科に入学しました。自己推薦入試は併願受験が可能だったので、私はスポーツ科学部と社会科学部の2つの学部を受験し、スポーツ科学部に合格することができました。

私は6歳から卓球を始め、小学校の時に「All China」という大会で優勝して、ナショナルチームに入る選択肢もありました。しかし、卓球だけではなく学業にも力を入れたいという思いから、公立中学校に進学し、高校から日本に留学しました。
高2の冬には憧れであった早稲田大学の練習に参加させてもらえるようになりました。監督から自己推薦入試に関する説明を受けた私は、失敗するかもしれないリスクを負ってでもチャレンジしたいと思い、高校3年の4月に早稲田大学への受験を決めました。
高3の夏から、先輩方や周囲の方々のアドバイスをもとに、最初は小論文と時事対策のため、新聞の天声人語の書き写しや、要約を理解することから始めました。
論文はとにかく書いて慣れること、そして様々な題材に触れて自分の知識と見識を広げるように意識しました。過去問を解くだけでなく小論文のテーマを自分で設定して、制限時間内で書けるように練習したり、面接の練習や対策を行ったりしました。また、受験直前の一週間で、普段あまり関わりの少なかった先生にもお願いをして、面接練習をしていただきました。少しずつ力をつけることができた私は、無事に早稲田大学スポーツ科学部に合格することができました。

リスクの高い道を選んだ自分を全力でサポートしてくれた両親、受験に出発する前日まで熱心な指導をしてくださった学校の先生方、二次試験前日に大学で面接の指導をしてくださった早稲田大学卓球部関係者の方々など、たくさんの人に支えられた事が合格の大きな要因であると感じています。
合格発表の際に自分の受験番号を見つけたときは本当にうれしく、それまでの不安が喜びと感動に変わりました。頑張って挑戦してよかったと心から思えた瞬間でした。それまでにご指導と応援をしてくださった先生方や卓球部の監督、いつも励ましてくれた友人、そしてどんな時でも私を信じ、離れていても一番近くで支えてくれた両親には感謝してもしきれません。
今は、早稲田大学に入ってよかったと思う瞬間がたくさんあります。インカレで優勝する事ができ、感動もたくさんもらいました。今後は、この恵まれた環境に感謝して、チームのグランドスラム達成に貢献できるよう、また個人としても結果を残せるよう努力していきたいと思います。文武共に更に高いレベルを目指し、努力していきたいと思います。

【自己推薦入試とは?】

儀間 望 スポーツ科学部 【令和3年入学】
出身校:東京都・桐朋高校

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私は高校3年生の8月後半まで部活を続け、高校生最後の都大会が終わってから受験勉強中心の生活に切り替えました。
中学受験を終えてからまともに勉強しておらず、机に向かう習慣がないこと、及び理数系の学問に滅法弱いことから、私立文系の受験で必要な科目である英語と国語と社会の3科目のみを勉強することを決めました。
英語では単語帳の内容をあらかた覚えてから、文法にはあまり触れずに長文読解を始めました。英語の試験で直接文法知識を問うてくる大学もありますが、早稲田大学や共通テストでは文法問題はほとんど出題されないので、受験勉強にあまり時間を割けない方は、英語の勉強では長文読解のみに注力することをおすすめします。
しかし、文法知識をおさえることでよりスムーズに長文読解が出来るようになるという主張をしている講師の先生もいます。どの科目にも言えると思いますが、皆さん自身が出来る勉強方法を確立してくださるのがベストだと思います。
国語では、普段はあまり耳にしないものの現代文で頻出する単語の意味を確認してから問題演習に取りかかりました。私大文系の国語では選択式問題がほとんどなので、選択肢を素早く吟味出来るようになると良いと思います。
社会科では世界史を選択したのですが、塾で課される世界史の宿題やテストなどに対し全く精を出せず、結局、世界史の知識が全くない状態で試験本番に臨んでしまったことが、私の大学受験における1番の失敗です。3科目の合計で合否が決まるのにも関わらず、そのうちの1科目を全く勉強しなかった怠惰な姿勢を思い返すと、今でも両親に対して申し訳ない気持ちになります。
しかし、私は共通テストにおいて世界史だけでなく倫理も選択しており、倫理では高得点を出すことが出来ました。世界史や日本史は、時代、場所、人、出来事全てを対応させて把握する必要がありますが、倫理は人物と発言を結びつけて覚えるだけで点が取れるので、早稲田大学スポーツ科学部の競技歴入試や、他の私立大学の共通テスト利用の受験を考えている方には非常におすすめ出来る科目です。

また、早稲田大学スポーツ科学部の一般入試では小論文が受験科目に含まれています。英語や国語、社会科を勉強しながら小論文の対策に時間をかけることはなかなか難しいと思いますが、自分が良いと感じた小論文の参考書を読み込み、内容を消化することで、小論文を実際に書く時に、得た知見を自分の言葉で記せるようになると良いと思います。
私はこの作業をあまり行えなかったのですが、自己推薦などで早稲田大学を受験することを考えている方には是非早いタイミングで自分にしっくりくる参考書を探すことをおすすめします。

私は今、早稲田大学スポーツ科学部の競技歴入試 私は今、尊敬する先輩方や共に支え合っていく同期たちに囲まれながら、充実した大学生活を送ることができています。
早稲田大学卓球部は、選手の競技レベルに関わらず、入学および入部を希望する方へのサポートにも力を入れています。受験を乗り越え、共に卓球を頑張って最高の大学生活を楽しみましよう!

【一般入試とは?】

福岡 乃愛 スポーツ科学部 【令和3年入学】
出身校:兵庫県・三田学園高校

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私は兵庫県三田学園高校から、アスリート選抜入試で早稲田大学スポーツ科学部スポーツ科学科に入学しました。
中学時代、1年生の時しか全中に出場することが出来ず、全日本ジュニアでも全く成績を残すことが出来ませんでした。そして、高校生となった1年生のインターハイの時、偶然に早稲田大学を紹介していただきました。当時は、勉強にも力を入れていたため、高校1年の冬頃までは、地元に近い国公立大学を受験し、その大学の卓球部に所属して、その環境で、ある程度の成績を残せる選手になろうと考えていました。
しかし、高校1年の冬に早稲田大学の練習に参加させていただき、練習の雰囲気も良く、また部員の方々も温かく迎えて下さり、このチームでプレーしたいと感じました。また、同時期に高体連の春季合宿で良い成績を残すことができ、海外遠征に参加させていただくことができました。そこで、自分よりも上の世界や、高い意識でプレーする選手と出会い、もっと卓球で上位を目指したいと思い、日本一を目指すことが出来る早稲田大学に入りたいと強く感じました。

当初は、アスリート選抜入試を受けることが出来る卓球の成績がなく、自己推薦入試か、共通テスト利用入試での入学を考えていました。したがって、普段の学校の課題に一つ一つ丁寧に取り組んだり、また、帰り道の電車の中で毎日リスニングの練習をしたり、英単語を覚えたりしていました。卓球の練習もあるため、幅広い教科の勉強をするよりも、早稲田大学の入試に必要な教科の配点を調べたりして効率よく勉強できるように工夫していました。加えて、自己推薦入試を受ける時のために、ニュースを見て自分の意見を持って考えるようにしていました。
高校2年生の国民体育大会で5位という成績を残すことができ、監督からアスリート選抜入試で受けることが出来るという連絡を頂きました。しかし、私が受験をする年はコロナウイルスにより大会が中止になったりしていたため、入試の内容が大幅に変わっていたため、入試結果が出るまで本当に不安でした。
そのため、自己推薦入試のための小論文の指導を早稲田大学の先輩方が丁寧にしてくださり、また、学校でも先生方に協力していただき、他の授業の課題と並行して、週に2回ほど小論文の過去問を解いていました。そのため、自己推薦入試で受けるための準備も十分に出来ていました。
アスリート選抜入試の対策としては、面接練習と小論文の作成を行いました。面接はZOOMと対面と2回あったのですが、特にZOOMの面接練習では何度も監督に協力いただき、指導していただきました。また、学校の先生方にも何度も面接練習をしていただき、コロナウイルスに関連する質問や、アドリブの質問もして頂きました。さらに、部屋に入る時の入室の仕方や、声の大きさ、表情なども指導して頂きました。加えて、小論文の作成には、国語の先生に手伝っていただきました。
入試当日は、不安な気持ちもありましたが、友達や家族から応援のメッセージをもらい、元気を出すことができ、また、しっかり対策してきたことを出し切れれば大丈夫だと自分を信じて、面接に挑むことが出来ました。そして、無事合格のお知らせを頂くことが出来ました。

このように早稲田大学に入学できたのは、私が「早稲田を目指したい」と言った時に、全く反対せず、叱咤激励をしながらもいつも応援し、背中を押してくれた両親、合格するために多くの協力やご指導を頂いた先輩方や早稲田の監督、いつも応援してくれた友人がいたからだと思います。
これからも感謝の気持ちを常に持ち、高いレベルで練習ができるこの環境で、今まで支えて下さった方々に恩返しができるように、また良い結果を出せるように精一杯努力していきたいと思います。また、人間的にも応援され、尊敬されるような選手になれるように精進していきます。

※従来の「スポーツ推薦入試」は、2019年度入試より「総合型選抜Ⅱ群(アスリート選抜入試)」に改称されました。
https://www.waseda.jp/fsps/sps/news/2018/04/27/4450/

【アスリート選抜入試とは?】

中島 彩希 スポーツ科学部 【平成31年入学】
出身校:福井県立敦賀高等学校

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私は、福井県立敦賀高等学校から自己推薦入試でスポーツ科学部スポーツ科学科に入学しました。

小学1年生から卓球を始め、中学生の間までは全国で活躍することを目標に、卓球中心の生活を送っていました。しかし、中学生の頃から大学進学も視野に入れていたので、卓球もできて、普通科のある高校に進学しました。国公立大学進学を目指す特進コースに在籍しながら、文武両道を心がけていました。

私が早稲田大学を受験しようと決めたのは、高校3年生になってからでした。インターハイ予選などを終えて、卓球を続けたいと思うようになりました。そして、卓球を続けるなら早稲田大学がいいなと思いました。早稲田大学に何度か練習に参加させていただいた時に、チームの雰囲気がすごくいいなと感じていたからです。

インターハイや国体を控えていたので、国体が終わるまでは、小論文のネタ本を読んだり、ニュースをよく見るようにしました。国体が終わると、顧問の先生方に小論文と面接の指導をしていただきました。私の学校では、小論文や面接を個別指導していただけるので、とても恵まれた環境でした。小論文では過去問を解くことから始めました。1つ解く度に顧問の先生や小論文が得意な担任の先生に添削をしていただき、また問題を解くことを繰り返しました。二次試験前日には、早稲田大学卓球部関係者の方々に面接指導もしていただきました。そして、今まで解いた過去問を見直したり、面接についてはマインドマップを作成したりと、出来ることは全てやって試験に望みました。試験当日は落ち着いて自分の力を出し切ることができたと思います。そして、無事にスポーツ科学部に合格することができました。

このように、自分の力を出し切り合格することが出来たのは、両親だけでなく指導や応援をしていただいた先生方、早稲田大学の先輩方や友人などたくさんの支えがあったからです。入部してからは、レベルの高い練習や、先輩方や仲間から色々な刺激を受けて毎日充実した日々を過ごしています。大学生活を通して、卓球の技術向上だけでなく人として成長できるように様々なことに挑戦していきたいです。

【自己推薦入試とは?】

甚田 翔風 スポーツ科学部 【平成31年入学】
出身校:東京都・明治大学付属中野高等学校

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私が通っていた明大付属中野高等学校は卓球に力を入れており、部活動は毎日遅くまであり、高校生活は卓球が中心になっていました。その結果、3年時にはダブルスでインターハイに出場することができました。私の高校は大学の付属校でほとんどの生徒は付属の大学に進学します。しかし当時私は学業の成績があまり良くなく、2年生の秋の時点では付属の大学に進学することは難しい状態にありました。そこで私はセンター試験を用いた早稲田大学スポーツ科学部の入試方式を知りました。とても困難な挑戦だとは思いましたが、私はセンター試験に向けて勉強を始めることを決意しました。

私は2年生の冬から少しずつですが勉強を始めました。始めに私は学校から近い塾に入塾しました。まだ部活動が忙しく、この時期は勉強に力を入れることがなかなかできませんでした。毎日部活が終わった後は塾の自習室に行き、少ない時間ではありましたが勉強の習慣をつけるようにしました。3年生の夏のインターハイが終わり、卓球部を引退してここから早稲田大学入学を目指して勉強が中心の生活になりました。学校の授業が終わったらまっすぐ塾に行き、毎日閉塾時間までは勉強するようにしました。勉強することはとても苦痛でしたが、どんなことでも妥協せず、決めた目標に向けて努力をし続けました。その結果、徐々に成績は上がり、無事早稲田大学スポーツ科学部に合格することができました。

早稲田大学に入学し、卓球部に入部してからはとても充実した日々を送っています。厳しい受験期間を乗り越えるためには、何事も諦めずに自分を信じて過ごすことがとても大切だと思いました。また、両親や卓球部の顧問の先生など多くの方々からのサポートを頂いたからこそ乗り越えることができたのだと思います。大学生活では文武両道を目指し、充実した生活を過ごしていきたいと思います。

【センター試験利用入試とは?】

曽根原 睦 スポーツ科学部 【平成31年入学】
出身校:東京都・文化学園大学杉並高等学校

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私は小学生の頃から早稲田大学に憧れを持っていて、高校進学の際に志望校として意識するようになりました。高校では特進コースに所属していましたが、引退するまでは勉強というよりも部活中心の生活を送っていました。高校3年のインターハイ終了後から受験勉強を開始しましたが間に合わず、1年目の受験では第1志望だった早稲田大学は不合格、第2志望の大学からしか合格をいただけませんでした。浪人をするかそのまま合格した大学に進学するか悩みましたが、周りの人達の後押しもあり、もう1年だけチャレンジしてみようと思いました。しかし、浪人はとてもリスクも高いし金銭的に負担も大きいので保険をかけ、もし2年目がだめだったら3年目のチャレンジはせずに、合格した大学を4年で卒業するという事を親と約束し、仮面浪人をすることを決めました。

塾や予備校には通わず、完全な独学でのチャレンジに踏み出しました。最初のうちは効果的な勉強法が分からず、インターネットで勉強法を探すだけで1日が終わってしまう日もありました。周りに仮面浪人だということを打ち明けられなかったので苦しい時に相談できる人も少なく、心が折れそうな時期もありましたが、早稲田に合格した自分を想像して最後までやりきることができました。

早稲田大学に入ったら充実した日々が待っています。私は浪人を経ての入学だったので部に馴染めるか不安でしたが、自分が思うほど周りは気にしていないので、浪人を経て入部を考えている方も心配は無用です。是非、支えてくれている周りの人達への感謝を忘れずに頑張ってください。

【センター試験利用入試とは?】

宮木 宏輔 商学部 【平成31年入学】
出身校:京都府・東山高等学校

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私は指定校推薦で早稲田大学商学部に入学しました。私は京都府東山高校にはスポーツ推薦で入学しました。東山高校は全国屈指の伝統校で、全国制覇を目標に高校生活の大半を卓球に充てていました。私はインターハイに出場したこともあり、高校2年生の時にはスポーツ推薦での大学進学を考えていました。指定校推薦に早稲田大学の枠があるのは当時から知っていましたが、レベルが高く、何より卓球をすることを一番に考えていたので指定校推薦で進学しようとは思っていませんでした。しかし、指定校推薦に必要な勉強の成績は満たしていたので、周りの人から指定校推薦で早稲田を受けた方が良いと勧められてはいました。しかし、早稲田大学の場合は入学してからの勉強の面に不安があり、他大学からスポーツ推薦の話も頂いていたので、やはり他大学へのスポーツ推薦で進学しようと考えていました。しかしながら、周りから勧められ続けるうちに早稲田大学に進学した方が良いのではないかと思うようになりました。そして高校3年生になる直前まで迷いに迷った末、周りの人の勧めもあり早稲田大学進学を目指すことに決めました。

指定校推薦での進学は定期試験の成績が大切になります。したがって勉強に力を入れなければなりません。私は親の教えもあり高校1年生の頃から定期テストだけは力を入れていたこともあり、定期試験では平均80点から90点を取ることができたので、早稲田大学商学部に指定校推薦で進学することができました。

早稲田大学に進学が決定してから、私は卓球を高校で辞めようと考えていました。高校でこれ以上出来ない程の努力をし、2年生の選抜では全国優勝校をあと一点まで追い詰めることができたので、もう悔いはありませんでした。しかし、高校の卒業生の方々や恩師に卓球を続けることを勧められ、現在大学でも卓球を続けています。先輩方にもよくしていただき、今となっては卓球部に入部して良かったと思っています。

早稲田大学に入学してからはレベルの高い学習内容に悪戦苦闘しながらも、卓球との両立を目指し生活しています。単位を取得し、卓球でのレベルアップを目標に毎日頑張っていきたいと思います。

【指定校推薦入試とは?】

大野蓮 社会科学部 【平成30年入学】
出身校:島根県・出雲北陵高校

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私は、島根県出雲北陵高校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。受験するきっかけとなったのは、高校三年生の時、卓球部の監督に自己推薦入試という入試制度で早稲田大学にチャレンジできるという話を聞いた事でした。私自身卓球の成績もそれほどなく、学業の面でも特別に力があるわけではなかったのでリスクの高い受験だという事は十分に理解していました。ですが、実際に早稲田大学のキャンパスを見に行って説明を受けたり、早稲田大学卓球部の先輩方の話を聞いたりしていくうちに早稲田大学に何としても合格したいという気持ちが強くなり受験を決意しました。

本格的に受験に向けて準備を始めたのが三年生の最後のインターハイが終わってからでした。まずは一次の書類審査に合格するために資格を取るための勉強を中心に始めました。そして資格を取ってから二次試験の小論文、面接の準備を同時進行で取り掛かりました。小論文は最初に書き方の基礎を徹底的に勉強し、後はとにかく過去問を解きました。そして国語科の先生に細かく添削をして頂き、修正しては過去問を解く、の繰り返しでした。あとは時事問題に関する事がテーマとして出題されても大丈夫なように空き時間を見つけてとにかく新聞を読むようにしました。面接に関しては自信があったため、あまり時間を費やしませんでした。どちらかと言えば話すことより姿勢や正しい入退室の仕方などに時間を使いました。それは中高での部活動や生徒会活動で、たくさんの人とコミュニケーションをとってきた事で自然に養われていった事だと感じています。私は高校で生徒会長を務めていました。その経験は色々な面で役立ったなと自負しています。

受験の一週間前くらいに普段あまり関わりの少なかった先生にお願いをして、面接練習をして頂きました。そこではとにかくアドリブでいかに上手く話ができるかというのを意識していました。そして受験対策の最後の総仕上げとして、小論文は練習でのミスを同じようにやってしまわないように今まで解いてきた問題を読み返すようにしました。面接では歩く姿勢やドアの開け方など細かい確認をしました。受験当日は緊張のあまり練習してきた事が上手く出せるか不安な面もありましたが、開き直った気持ちで受験に臨んだ結果、無事に合格する事ができました。これは顧問の先生をはじめとするたくさんの先生方、そして暖かく見守り、応援し続けてくれた家族や友人の力があったからこそだと思います。

合格した時はほっとする気持ちと、ここからがスタートだという気持ちの両方が混合していました。入学してただ卒業して終わりでは意味がありません。常に目標や夢を持って、有意義な学生生活を送れるように頑張っていきたいです。そしてこれからも卓球や勉強、そして何より人間として更に成長できるように日々精進していきます。

【自己推薦入試とは?】

坂本新之介 社会科学部 【平成30年入学】
出身校:岡山県・関西高校

18_sakamoto.jpg私は岡山県の私立関西高等学校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。しかし私は高校二年の時までは関西地方の大学にスポーツ推薦で進学するつもりでした。早稲田大学の受験を決意したきっかけは、高校三年生への進級直前の全国高等学校選抜大会の会場で早稲田大学の入試担当の方に受験を勧めていただいた事です。それ以降も高校の監督をはじめ周囲の人からも勧められましたが、当初の自分の考えとしてはリスクを冒してまで受験する必要はないと考えていました。しかし悩んでいるうちに早稲田大学に入学することを諦めてスポーツ推薦で関西地方の大学に進学することは妥協案なのではないかと考えるようになりました。このような経緯から結果的に早稲田大学を受験する事を決意しましたが、とりあえずは最後インターハイが終わるまで卓球に尽力しました。そして引退してすぐに受験勉強に取り掛かりましたが、高校もスポーツ推薦で進学した私に受験を切り抜けられる自信はなく、すぐに小論文専門の塾に通い始めました。その塾で毎日小論文の対策と志望理由書の作成を行い、漸進的に小論文等のノウハウを習得していきました。

毎日の反復的な学習を経て自分なりに万全な状況で受験に向かいましたが、早稲田大学を受験すると同時に滑り止めとして併願していた大学には全て落ちてしまいました。自己推薦入試の厳しさに直面し、精神的にも状況としても最悪でしたが、併願していた大学での受験から経験を得ているはずだと前向きに考え、開き直って最後の受験に挑みました。私は社会科学部のみの受験で不安な気持ちはとても大きかったのですが、最終的には自分の辛かった思いも実を結び、晴れて早稲田大学社会科学部に合格する事ができました。この合格の裏には、まずリスクの高い道を選んだ自分を全力でサポートしてくれた両親、受験に出発する前日まで熱心な指導をしたくださった塾の先生や、二次試験前日に大学で面接の指導をしてくださった早稲田大学卓球部関係者の方々など、様々なサポート環境に恵まれた事が大きな要因であると感じています。

早稲田大学に入学してからは高水準な学習環境と全国的にもレベルの高い部活動の双方から刺激を受け、本当に充実した生活を送る事ができています。これからも文武両道を念頭に置き、生活していきたいです。

【自己推薦入試とは?】

笹尾明日香 社会科学部 【平成30年入学】
出身校:神奈川県・横浜隼人高校

18_sasao.jpg私は、横浜隼人高等学校から自己推薦で早稲田大学社会科学部に入学しました。自己推薦入試では当時3つの学部の併願受験が可能でした。私は3学部とも受験し、社会科学部、教育学部(※)、スポーツ科学部に合格する事ができました。教育学部は教育に、スポーツ科学部はスポーツ科学に、それぞれ関連した内容の勉強になってしまうので、より幅広く学び、興味・関心を深めたいと思い、社会科学部を選択しました。

私は5歳から卓球を始め、中高一貫校の卓球部で6年間全国大会上位進出を目標に練習に励んでいました。また高校では国公立大学進学を目指す特別選抜コースに所属し、文武両道を心がけていました。そうした中で、早稲田大学の先輩方の全員がそれぞれ目標を持って卓球に真摯に取り組む姿や、チームの雰囲気を見て憧れを抱き、受験を決意しました。

インターハイが終わった後も国民体育大会があったので、それまでは小論文のネタ本や新聞、書き方を説明した本を読むにとどめていました。国民体育大会が終わった後からは本格的に受験に力を入れ、卓球場や自宅で小論文対策や面接対策をしました。3つの学部それぞれ形式やテーマが違うので、それに合わせた対策をするのは大変な面もありましたが、早稲田大学社会科学部を卒業し、出版関係の仕事をされていた経験のある顧問の先生に小論文の添削や、面接練習など手伝っていただいた事で、合格に近づく事ができました。小論文では自分の得意の形を作っておく事、面接では自分の一番の強みをしっかりとアピールする事が重要だと学びました。

今回の受験にあたり、指導・応援してくださった先生方、両親、友人、早稲田の監督や先輩方には本当に感謝しています。入部してからは憧れの早稲田で高い意識の中で練習でき、尊敬する先輩方や仲間と充実した毎日を過ごしています。新人戦、春季リーグ戦、インカレと優勝する事ができ、感動ももらいました。今後は、この恵まれた環境に感謝して、チームのグランドスラム達成に貢献できるよう、また個人としても結果を残せるよう努力していきたいと思います。

※教育学部においては、2019年度入試(2019年4月入学者選抜の入試として、2019年3月に高校を卒業見込みの者を対象)より、「自己推薦入試」が廃止されます。

【自己推薦入試とは?】

内田紘平 スポーツ科学部 【平成30年入学】
出身校:北海道・北海道科学大学高校

18_uthida.jpg私が通っていた高校は卓球に力を入れている学校で、生活の中心にはいつも卓球がありました。私は高校に入学する前から、卓球のレベルが高いとともに自分の夢であるアスレティックトレーナーを目指すことができる早稲田大学に進学したいと考えていました。高校では文武両道を目指して生活する中で苦しい時期が続きましたが、最終的には3年時にインターハイに出場することができました。勉強面では、授業に集中できない時や、寮に戻っても勉強する気になれない日々は多々ありました。しかし文武両道を目指せる環境に入れてもらいながら、一方を言い訳にもう一方の手を抜く事は絶対にしたくなかったので、支えてもらった人への感謝の気持ちで最低限の学力を保つ事はできました。

8月に部活動を引退してからはセンター試験利用入試(競技歴)に照準を合わせて受験勉強を開始しました。この入試方法は、自分がずっと続けてきた卓球と勉強の両方を活かす事ができるものだと感じたからです。

受験期には、合格に向けて1分も無駄にしないという気持ちで前向きに継続することができました。当初受験勉強は過酷なものだと覚悟していましたが、勉強は面白いものだという親の教えもあり、勉強自体への苦手意識がなかったことがプラスになったと思います。

早稲田大学の卓球部は部活動中の雰囲気も良く、今は尊敬できる仲間たちと充実した日々を送っています。これからもこの大学で文武両道を目指していきたいと考えています。

【センター試験利用入試とは?】

須黒允子 政治経済学部 【平成29年入学】
出身校:東京都・早稲田実業学校高等部

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私は、両親が早稲田大学卓球部のOB、OGだった事もあり、小学1年生から卓球を始め、漠然とではありますが、将来は早稲田大学の卓球部に入部したいと思っていました。

私が中学校に上がるとき、3つ上の姉が早稲田実業(以下、早実)の高等部にスポーツ推薦入試で合格し入学しました。早実に入学するとほとんどの生徒が大学受験なしで早稲田大学に進学する事ができます。姉から高校生活についての話を聞いたり、姉の試合を応援しに行ったりしているうちに私も早実に入学したいと思うようになりました。

早実のスポーツ推薦入試は小論文、面接、部活動の戦績、出身中学校の内申書、出身中学校の校長からの推薦書を総合的に判断して合格者を決定します。私は、県大会ではベスト4以上を維持し、関東大会や全国大会にも出場していたので部活動の戦績に不安はありませんでした。また日頃の授業に積極的に参加したり、定期試験で高得点を取ったりする事以外にも文化祭の合唱コンクールで3年間伴奏者を務めたり、生徒会の役員になったりとできる事は全てやったので内申点にも自信がありました。小論文と面接の練習を始めたのは受験の1か月前からでしたが、受験の直前に全日本選手権があったので、卓球の練習と並行しての準備になってしまい、小論文と面接には不安を抱えたまま当日を迎えてしまいましたが、無事合格する事ができました。

早実は大学受験がない分,定期試験の結果が進学する学部の決定に大きく影響します。また、政治経済学部に入学するためにはTOEFL ITPで480点以上を取ることが必須条件だったので、学校の勉強以外にTOEFLの勉強にも力を入れていました。3年間文武両道に励んだ結果、卓球では目標にしていた全日本選手権出場,学業では政治経済学部入学の内定を獲得する事ができました。

高校時代から早稲田大学にお邪魔して一緒に練習していただく機会が何度もあり、その度に憧れが増していく一方で自分が4年間続けられるのかという不安も大きくなっていき、いざ入部するかどうかの決断を迫られたときはとても悩みました。その時に入部を後押ししてくれた家族や先輩方には本当に感謝しています。今では大学生活にも慣れ、文武両道を目指して勉強にも卓球にも思いきり打ち込めています。人間的にも卓球の実力も日々成長できるので、卓球部に入部してよかったと思っています。

廣田進悟 社会科学部 【平成29年入学】
出身校:福岡県・希望が丘高等学校

17-hirota.jpg私は、福岡県希望が丘高校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。受験するきっかけとなったのは高校卓球部の監督の勧めで、一度大学の練習に参加させていただいた際に入試についての説明を受けたことです。私自身、学業に関して高いレベルではなく、自己推薦入試はとてもリスクがある入試であることは分かっていましたが、先輩方の話を聞くうちに早稲田大学に入りたいという気持ちが強くなり、受験を決めました。夏の高校総体が終わってから本格的に受験への準備を開始し、特に志望理由書の作成には高校の先生や早稲田大学卓球部の先輩方に何度も添削していただき、締切日直前まで悩みながらも最終的には自分自身でも納得できる内容に仕上げることができました。二次試験に向けては新聞を毎日読むことや、図書館に足を運んで沢山の本を読むなどをして必要となる知識を身につけ、過去の問題や似た系統の問題に取り組みました。一次試験の結果が届いた段階で私には社会科学部しか残っておらず、二次試験まで残された時間も少なかったため、そこからはひたすら小論文の勉強と面接の練習に取り組みました。試験を終えてから合格発表までの期間は不安な気持ちがとても大きかったですが、結果として合格することができました。最初に早稲田大学を勧めていただいた高校卓球部の監督、サポートしていただいた早稲田大学卓球部の先輩方を始めとした多くの方々の支えがあってこその結果であると実感しています。

現在は卓球部に入部し、レベルが高い環境の中で充実した日々を送ることができています。今後は学業の方にも力を入れ、文武両道を目指して頑張っていきたいです。

【自己推薦入試とは?】

板尾佳歩 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:岐阜県・富田高等学校

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私は自己推薦入試で早稲田大学社会科学部社会科学科に入学しました。

小学生の時から理想としていた先輩が早稲田大学卓球部で活躍されており、中学生になった私は早稲田のWが入ったユニフォームを着て試合するのが目標になりました。早稲田大学というと、勉強もスポーツもできるエリートばかりの遠い存在に感じる時もありました。でもなんとかその存在に近づこうと、文武両道を目指し、高校では特進クラスを選びました。高校時代はただひたすら授業の課題と練習に励み、目の前のやらなければならないことを毎日コツコツこなしていく日々でした。

早稲田大学受験を真剣に考え始めたのは、高校二年生の冬頃でした。櫻井監督から入試方法についての説明を受け、三年生に上がると同時に早稲田の練習にも参加させてもらいました。先輩方や周囲の方々のアドバイスをもとに、最初は小論文と時事対策のため、新聞の天声人語書き写しや、社説の要約から始めました。私は高校時代寮生活だったため、新聞が手元になく、学校の図書館へ通ったり、スマートフォンのアプリを利用して各紙のコラムや社説を読んだりしていました。また8月あたりからは、国語担当の先生に小論文のマンツーマン指導もしていただきました。小論文はとにかく書いて慣れること、そして様々な題材に触れて自分の知識と見識を広げるように意識しました。自己推薦入試は他一般入試と異なり、書類審査、小論文+面接という項目だけで評価されます。だからこそ、試験に向けてやるべきことは絞られていて、限られた時間の中でも精一杯取り組めたのだと思います。

合格発表の際に自分の受験番号を見つけたときは本当にうれしく、それまでの不安が喜びと感動に変わりました。頑張って挑戦してよかったと心から思えた瞬間でした。それまで指導し、応援してくださった先生方や卓球部の監督、いつも励ましてくれた友人、そしてどんな時でも私を信じ、離れていても一番近くで支えてくれた両親には感謝してもしきれません。今は早稲田大学に入ってよかったと思う瞬間がたくさんあります。高いレベルで卓球ができ、様々な才能と個性をもった仲間たちと過ごす日々は刺激的でとても楽しいです。また、小論文も面接も、自己推薦入試のために勉強し身に着付けたことは、大学生活にも就職活動にも役立つと身をもって実感しました。これからは、残り少ない卓球部での日々と大学生活を、この恵まれた環境に感謝しながら大切に過ごしていきたいと思います。

【自己推薦入試とは?】

鳥屋真帆 社会科学部 【平成26年入学】
出身校:高知県・明徳義塾高等学校

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私は明徳義塾高等学校から自己推薦入試で早稲田大学社会科学部に入学しました。自己推薦入試は併願受験が可能だったので、私は3つの学部を受験し、社会科学部とスポーツ科学部に合格することができました。スポーツ科学部はキャンパスが所沢で練習場と離れているため、練習時間があまりとれないことや社会全般のことを学びたいと思い、社会科学部を選択しました。

私は8歳から卓球を始め、中学から親元を離れて6年間寮生活を送り、に励んでしていました。その為、大学進学の際も文武両道を目指せるところに行きたいと考えていました。早稲田大学には、先輩がいることや小さい頃から早稲田への憧れがありました。先輩はスポーツ推薦で早稲田へ入学されていたので、全国大会などでの実績がないと入れないと思っていましたが、自己推薦があることを知り受験失敗のリスクがあるけれど、チャレンジしたいと思い、高校3年の6月に早稲田への受験を決めました。

インターハイや国体があったため、6月から9月までは通学時間や練習後など時間を作って受験対策をしていました。スポーツ科学部の小論文は文章を読んで下線部の文について小論文を書くので読解力が必要だったため、新聞や本をよく読むようにしていました。社会科学部の小論文は幅広い範囲の時事問題の中から出されるため、小論文の時事問題についての参考書を読んだり、新聞の社説を読み、その記事を要約してまとめていました。私の高校は、携帯禁止でテレビもあまり見れず、インターネットを使える時間か限られていた為、新聞が社会のニュースを知る1番の情報源でした。そのため、祖父に日経や朝日新聞など、高校では置いてない新聞を切り抜いて送ってもらったりして家族にも協力してもらいました。国体が終わった後、本格的に受験に力を入れ、過去問や小論文のテーマを自分で設定して、制限時間内で書けるように練習したり、面接の練習や対策を行いました。また、時事問題を分野に分けてノートにまとめて問題の背景や解決策など、試験前に見返せるようにして、自信を持って試験に望むようにしました。

結果として無事合格することができ、協力してくださった先生方や早稲田の先輩方、見守ってくださった監督や仲間、手紙で励ましてくれた両親や祖父母にはとても感謝してます。尊敬できる先輩や同期、後輩に恵まれて様々な経験ができて早稲田に入学できて本当に良かったと感じています。卓球や勉強も含めて、仲間と共に過ごす時間を大切に、これからも日々成長できるように努力していきたいと思います。

【自己推薦入試とは?】

青木雄介 商学部 【平成29年入学】
出身校:東京都・実践学園高等学校

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私は東京都実践学園高校から一般入試で早稲田大学商学部に入学しました。自分が通っていた高校のコースからは今まで早稲田に合格した人は1人もいなくて自分も最初は早稲田に行きたいなどと思ったこともありませんでした。それ故、元々卓球を通して大学に進学するつもりでした。

自分が受験勉強を始めたのは高校2年の冬でした。部活は平日20時頃まで、帰宅すると21時過ぎでしたが、そこから2時間くらい毎日コツコツやっていました。また、部活がない日は10時間を目安に勉強しました。親に金銭的に迷惑をかけたくなかったので塾には行かず、参考書で毎日の勉強をこなしました。私が早稲田大学を目指そうと思ったのは高校3年の5月頃でした。その頃には勉強の成果も出てきて偏差値も上がり始めました。卓球でも初めてインターハイに出場することができ、自分としては良い形で引退することができました。引退してからは勉強漬けの毎日で模試の成績も落ちたりしましたが、入試本番でうまくいけばいいと思い、勉強に励むことができました。

入試本番では早稲田大学を5学部受験しました。自分が狙いやすいと思っていた学部の入試が思うようにいかず精神的に辛かったですが、最後まで諦めずに頑張りました。その結果、早稲田大学商学部に合格することができました。受験期間中、ずっと励ましてくださった学校の先生方や両親にはとても感謝しています。

入学当初は、卓球部に入部するかどうか悩みましたが、親のすすめや自分としても有意義な大学生活を送りたかったので入部することに決めました。早稲田大学の卓球部はとても雰囲気がよく、今では入って良かったと思っています。先輩や同輩の方達は卓球が強い人も多いので自分も頑張りたいです。

【一般入試とは?】

松原大 国際教養学部 【平成29年入学】
出身校:サンディアゴ(チリ)・アスレチックスタディーセンター

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私は南米で生まれ育った日系人です。18年間チリという国にいました。卓球もチリで始めて毎日練習をしてジュニアのナショナルチームにも所属していました。私は文武両道を目指しながら日々努力をしていましたが、チリの大学では卓球部の制度などがないため大学に行く場合、卓球をやめなければいけませんでした。そのため日本に留学をして卓球の部活で練習したいと決意しました。

私は早稲田大学の国際教養学部に留学生用のAO入試という方法で受かりました。国際教養学部を選んだ理由は英語で授業が学べるからです。自分は日本に来て1年間日本語学校に通いましたが、その時に英語の重要さを感じたため国際教養学部を選びました。AO入試ではチリの国家試験(日本のセンター試験)の結果と英語の作文と志望理由書を合わせて4つほど送りました。2次試験は小論文テストと面接のテストが行われましたが、日本語学校の進路相談の先生と面接の練習や小論文の練習をして受かることができました。そして早稲田大学の卓球部には非常に強い選手がいるので練習についていけるか不安でしたが、周りの人たちにとても優しくしてもらってすぐに慣れることができました。

私はこれからも卓球と勉強を頑張っていきたいと思います。

中窪康喜 教育学部 【平成28年入学】
出身校:静岡県・静岡学園高等学校

16-nakakubo.JPG私は自己推薦入試で早稲田大学教育学部国語国文学科に入学しました。

小学二年生の頃から卓球をはじめ、中学校に入学する時にはすでに早稲田大学で卓球し活躍することが自身の夢となっていました。そのため中学時代から文武両道を目指し、高校進学決定の際も早稲田大学合格に向けて受験環境の整った高校に入学しました。入学してからはまず、卓球で結果を残すことに尽力し、故障などと向き合いながら全国大会で上位進出することを目指してきました。それと同時に勉学においても、クラストップ達成を念頭に置き、努力してきました。卓球の方では結果が振るわず、思い悩むことも多々ありましたが、大会で早稲田大学の選手が活躍するのを見る度、その姿に憧れを抱き、何としてでも入学したいと、自分を奮い立たせてきました。

高校三年生になり、自己推薦入試があることを知った私は、かねてから将来成りたいと思っていた教員を目指す糧にもなると考え、教育学部国語国文学科の受験を決意しました。インターハイが終わった後は、併願を決めていた早稲田大学社会科学部や他大学を含め計三つの受験準備を本格的に始めました。まず過去問を入手し、必要となる専門的知識の種類を把握した上で、沢山の書籍や新聞を読み、要点を整理していきました。また、学校の先生方に添削の協力をして頂きながら、過去問を始め受験学科に関連する小論文の問題をやり込んでいきました。小論文や面接は、現時点の実力を明確に判断できる材料がないので不安もありましたが、自分に出来ることを常に探し、努力を重ねていくことで、受験前には大きな自信を得ることに繋がりました。

結果として合格できた時はとても感動し、やってきた甲斐があったと本当に思います。諦めることなく、ここまで突き進めることが出来たのは、離れていながら応援してくださった両親や恩師、身近で支えてくださった先生方、友人のお陰です。今私は、夢であった早稲田大学の一選手として、春季関東学生春リーグ戦にも出させて頂き、とても充実した日々を送っています。この良き環境で、文武共に更に高いレベルを目指し、努力していきたいと思います。

【自己推薦入試とは?】

小川遥太 スポーツ科学部 【平成28年入学】
出身校:神奈川県・三浦学苑高等学校

16-ogawa.JPG私が通っていた高校は卓球に力を入れている高校で、毎日遅くまで練習がありました。通学の時間も長く、疲労もあり日頃の授業になかなか集中できない日々が続きました。卓球の方では県大会優勝、そしてインターハイ出場という結果を残すことができました。引退後、本腰をいれて一般受験に向けて勉強を開始しましたが高校生活3年間でほとんど勉強をしなかった分の遅れもあり、受験した大学は全て不合格でした。そこで私は1年間浪人し、再び受験勉強をする決意をしました。

私は早稲田大学のセンター試験利用入試の競技歴方式(センター試験400点、競技歴200点の計600点)に目をつけ、その入試方式で受験することにしました。浪人生活が始まると、想像していた以上に大変な日々が私を待ち受けており、何度も挫折しかけましたが、早稲田大学で卓球をしている未来の自分を心に思い描きながら、毎日朝から深夜まで勉強し続けました。最初は思うように成績が上がらず精神的にも苦しかったですが、諦めず勉強をし続けることで少しずつ合格圏内に食い込んでいくことができました。直前期は周りの人が焦り出し余裕がなくなっていく中、自分は今までやっていたことを信じていたため精神的に余裕を持つことができました。今思えば直前期で焦らなかったことが合格することができた大きな要因だと思います。合格した時は今までの努力が認められた気がしてとても嬉しかったです。

私の通っていた高校では浪人する人はほとんどおらず、周りの反対や嘲笑の声がよく耳に入りました。最初は偏差値も40ほどしかなく中学レベルの参考書から始めました。しかし、こんな私でも今は早稲田大学の卓球部で刺激的な日々を送ることができています。受験勉強は決して楽ではありませんが、それを乗り越えた後を思い描いて受験生の皆さんは努力を続けて欲しいと思います。私はこれから卓球と勉学の両立に力を注ぎ、充実した4年間を過ごしたいと考えています。

【センター試験利用入試とは?】